偽りの時、真実の彼方









「松田さん、…明日学校なので今日は帰ります」

 事務的に告げ、返事を聞かずに玄関へ向かう。警察勤めにしては大きくて間取りの広い部屋。
 情事後のダルさを感じる身体を叱咤して極力普通に歩く。
 ふと、いつもは無言で見送る松田が口を開いた。

「今度の土曜……」
「え…?」
「オレは警視庁のやつらとは別に行くから、お前も付き合え」
「…わかりました」

 松田はいつも曖昧にしか話さない。特に、彼に関することは。それでも新一が即座に理解できるのは、その日がくることを意識していたからであった。そしていつも優秀な頭脳で松田の言わんとすることを悟ろうとしているからだ。

 もう1年になるのか…彼がいなくなってから。

 死を認めていないのではない。精神は正常。だけど、何かが抜け落ちている。
 少しでも彼が救われればとずっとダッチワイフのように抱かれ続けてきたが、
 この一年間ついに俺たちの関係が変わる事はなかった。

 彼はベッドで止め処なく愛の言葉を吐く。

 アイシテル
 アイシテタ

 天国に居る彼に告げているだろうその言葉は懺悔のようで、彼なりの哀歌のようでもあって酷く遣る瀬無い。

 この声とともに涅槃で彼に逢えますように
 俺の身体がその媒体となりますように

 僕の心は彼を欲することを忘れてしまい、同じことを唯繰り返すだけの人形に成り果てました。
 貴方の前で足を開いて淫らに喘ぎ、腰を振って快楽を欲する。唯それだけの生ける屍。
 もう、求めることに疲れてしまったのです。


「その花は墓前に置くには問題あるんじゃないですか?」
「いいんだよ、あいつはこれが好きだったからな…」

 そんなことまで知っているのかと苦笑して、墓前にそぐわぬ派手な花を見る。
 目の前には手を合わせて眼を瞑った、あの日と同じ黒いスーツに身を包んだ彼。
 萩原の一回忌である今日、警察の関係者が引き上げてから二人だけで彼が眠る場所に訪れた。心なしか空気が薄く感じる。何故か感じた背筋を走る寒気に身を震わせた。

「松田さん…俺、先に帰りますね」

 一通り供養を済ませると、薄ら寒さに耐え切れなくなり、逃げるようにその場を去った。行きは松田の車で来たから足はないが、バスかタクシーぐらいどこかにあるはずだ。

「おい、しんい…………」
「松田」

 蒼い顔をした新一に気付き松田が引きとめようとした時、背後から声がした。それによって足早に去る新一の後を追うことができなかった。徐々に小さくなる新一の姿を視界に入れながらも、振り切ることのできぬ声の方へ振り返る。

「その声は……………」
「オレがわかるか…松田」
「……………は、ぎ…わら?」
「よかった、気付いたか。姿は見えるか?」
「なんだ………夢でも見てんのか?」

 松田から数メートル離れた場所に立つのは確かにあの日亡くした親友であった。処理に向かう前まで来ていたスーツ姿。それは紛れも無く松田が見た最後の萩原の姿である。

「夢だと思ってもいいが、お前に一つだけ言うべきことがある」
「その前に何故お前が今ここにいるのかを説明しろ………」

 実は生きていた、などという幻想は抱いていない。萩原の姿は確かにそこに見えるが、今にも消えてしまいそうな儚さを感じていたから。幽霊というとどうしても嘘くさくなる。だが一種のそれであろう。

「ずっとお前に言いたかった。だがいくらお前に語りかけてもオレの声はお前に届かなかった。どんな理由があるかは知らないがここに来て漸くお前が気付いたんだ」
「………言いたい事ってのはなんだ?」
「新一のことだ」
「新一………?」
「あいつのことをもっと大切にしろ。自分の心を見失うな」
「なんでお前があいつの事に口を出すんだ!オレがどんな思いでこの一年いたか……!」
「オレ一人に爆弾処理を任せた事を悔いていたんだろう?」
「違う、それもあるがオレはずっとお前を………」
「愛してなんていないさ」
「なに……?」
「お前はオレへの後ろめたさからくる執着心を愛情に摩り替えたにすぎない」
「どうしてそう言い切れる………?」
「わかるんだよ、お前のことならなんでもな……」

 やれやれと肩を竦めて、萩原は困った親友に向けて更に続ける。

「お前がこの一年辛い事、嫌な事があった時まず誰の顔を思い浮かべた?オレじゃないだろう?」


いつも泣きそうに顔を歪ませてオレに抱きつく
でも涙を見せたことがない
どんなに激しく攻め立てても文句一つ言わなかった
何かを言いた気にしているのに、何も言わない
絶頂を迎える瞬間、限りなく透明に近いブルーになる双眸
自分勝手な苛々をぶつけても全て受け入れたあいつ

「わかっただろう?オレが言いたかったのはそれだけだ」
「萩原、…………」
「オレはお前がしっかりしてくれないと成仏出来ないんだよ」
「悪かった………」

くしゃっと前髪をかき上げて伏せていた顔を上げた時、そこにはもう萩原の姿はなかった。

「親友として愛してたよ、萩原……」





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好転しそうですが続きは(安藤的)バッドエンドです。双方救われません......