偽りの時、真実の彼方









Crying over spilt milk is no use.






 松田はその後暫く新一と距離を置いた。
 萩原に言われて納得したとはいえ、今までの自分の行いを考えると簡単に謝れば済む話ではない。松田は考えた末、高校生がつけるには少々値の張るシルバーのリングを買った。それをつけた彼の美しい姿を思って。


「新一、今日家来れるか?」
「一言来いと言えば行きますよ」

 平素なく躊躇いがちに言う松田に新一はクスと妖艶な笑みを見せた。
 いつも通り約束が交わされるのは警視庁の廊下。人がいようといまいと男二人で些細な言葉を交わす程度なら誰も怪しむことはない。
 若干の緊張を隠して接する松田に聡いはずの新一が気付くことはなく、その日の夜に行く事を告げると新一は一課の部屋へと消えていった。



 仕事中考えるのは今日の新一との約束だけだった。
 久し振りに誘った自分をいつも通りに受け入れた新一。気持ちの変化を告げてはいないのでまた身体を重ねる為だけに呼んだと思っているだろう。

 オレが過ちを詫びた時、お前はどんな反応をするのか…怒って罵ってくれてもいい。ただ、前のように笑ってくれさえすれば。


 仕事を終え、岐路につこうとした松田の前に新一が姿を見せた。一課の刑事と話をしながら歩く彼はニコやかに事件の解決について称えあっている。後ろから無言でその様子を眺めていると、不意に後ろに居た松田に気付き、近くの刑事らに手を振ってその団体から離れてこちらに向かってきた。

「松田さん、もうお帰りですか?」
「ああ、どうせだから乗っていくか?」
「そうですね、今日は家に帰らずにこのまま行きます」

 駐車場で松田の車に乗り、エンジンをかけると新一がいつもと変わらぬ口調で口を開いた。

「新しい人でも見つけたかと思ってました」
「あ?」
「だって最近呼ばれなかったから」
そろそろ飽きたのかな、なんて。

 笑って言う新一に松田の背筋がゾクリとした。ハンドルを握る手を離し新一の前髪を梳くと蒼の双眸とかち合う。

「本気で言ってるのか、そんなこと」
「有り得ないことじゃないでしょう?」
「何故それを笑顔で言えるんだ……?」
「さぁ?俺にもよくわかんないや」
「…お前今様子がおかしいから家着いて落ち着いてから聞くわ………」

 自宅のマンションに向かう車中でも松田の胸騒ぎは治まらなかった。普段どおりの新一。笑顔に曇りは無く、清廉な雰囲気はそのままに、けれど、記憶の中の工藤新一とはどこか違っていて…



「着いたぞ。オレは車しまってくるから先に部屋行ってろ」
「はい、待ってますね」

 部屋の鍵を新一に渡して車を納めに向かう。待っていると言った新一の真っ赤な口唇が酷く頭に残った。

 新一と言葉を交わす度、その眼を見る度に不安が増悪する。新一と向かい合うと真っ暗な闇に引き寄せられ、剣呑とした空気に呑み込まれるような気がしてならない。


「遅かったですね、もう上がりましたよ」

 松田が重い足取りで部屋に入ると新一がバスルームから出てきたところであった。

「まだ風呂入るには早いんじゃねーの?」
「え?いつものことじゃないですか」

 腰にタオルを巻いただけで髪から水滴を滴らせた新一。首を傾げ不思議そうに眼を丸めて松田に言うと、松田の前まで来て誘うように首に腕を絡めた。

「ね、早く」
「新一、今日はお前に話さなきゃならないことがあって…」

 艶やかに濡れた身体から眼を逸らし、妖美な新一の姿を直視しないようにして言葉を紡ぐ。

「オレはもう今までのようにお前を抱いたりしない」
「やっぱり新しい人見つけたんだ?」
「違う。オレはお前に酷いことを強いてきた。あいつを失くした辛さを全てお前に注ぎ込んで、あいつに愛情があったのだと勘違いして一番大切なお前を傷つけ続けた…」
「松田さん、僕には貴方の言っている意味がわからないです」
「オレはお前を愛している……今まで傷つけて悪かった。オレを許してくれ、新一…」
「言いたい事はそれだけですか?」
「ああ、あとお前にこれを…」

 一度に全てを言うと新一の手を取り、指にリングを嵌めた。思ったとおり細い新一の指には小さなサイズのリングがぴったり合った。

「このサイズ、研二さんがつけるには小さすぎですね」

 くすくすと笑いながら指を眺める。光を反射するそれをじっと見ては恍惚な表情を浮かべる。

「それはお前にやったんだ、あいつは関係ない」
「いいんですか?そんな事言って。あの人が悲しみますよ」
「新一」
「なんです?そろそろセックスします?」

 薄い笑みを湛えて新一は松田と視線を合わせる。
 新一の眼を見て松田は愕然とした。そして新一の肩を掴んでしっかりと眼を合わせ責める様に問うた。

「……いつからだ?!」

 その眼はあまりにも透明すぎた。


 いつから新一はこんな眼をするようになったのか
 いつからオレは新一と向き合わなくなったのか
 わからない
 悲愴の思いに駆られて回りが見えてなかったオレには何一つわからない


「新一オレの眼を見ろ」
「見てますよ」
「新一、オレはお前が一番大切なんだ…それだけはわかってくれ…」
「そうですか…それは研二さんにはナイショにしておいてあげますよ」
「新一!あいつは親友だった。それ以下でも以上でもない」
「でも好きなんでしょう?知ってますよ。ずっと俺と繋がっている時も彼を想っていたこと」
「それは違う。あの時のオレは普通じゃなかった。お前にしてきたことは謝って済む問題じゃないかもしれないが…」
「俺は今までのままがいい…」
「なんだって……?」
「今まで通り、身代わりに抱いてもらえればそれで思い残すことなくいつでも死ねる。だから…意味のわからないこと言って俺を混乱させないで下さい」
「意味がわからないって…オレはあいつじゃなくてお前が好きなんだよ。それだけわかればいいんだ」
「………それが一番わからないんです。考えると頭が割れるように痛くなる」

 だから、今までどおり何も言わずに抱いて下さい


「っ………新一っ!」

 何もしてこない松田に焦れた新一は首に掛けた手を腰まで下げ、ベルトに手を掛けた。
 素早く前を寛げて馴染んだ松田自身に顔を寄せてうっとりとそれを眺め舌を伸ばす。

「やめろっ………!」
「や…だ……気持ち好くするから…ぁ…」

 何度も繰り返された愛の無い行為のおかげで慣れた新一の舌遣いに松田の欲望が露わになる。形を変えるそれを見て嬉しそうに口での愛撫を続ける新一。もうその顔には目の前の凶器に身体を貫かれることへの期待しか映っていない。

「早くコレちょうだい…」

 下半身に埋めた顔をそのままに上目遣いで松田を見た。バスタオルは床に落ち、新一の白い肌は皆晒されている。明るい部屋で見るその肢体に煽られ松田の理性は脆くも崩れた。

「……ベッドの上で気絶するまで逝かせてやるよ」
「一緒に涅槃を見ましょうよ、萩原さんと……ね?」

 横抱きにされた新一は松田の耳に口を寄せ、息を注ぎ込むように告げた。




愛してる
お前を愛してるよ



「は……ぁっ……はぁ、はぁ……」
「新一、まだオレの言う事が信じられないか……?」

 行為中何度も囁いた愛の言葉。それに新一が応えることはなかった。

「ん…もう、気持ち好すぎてそれどころじゃないよ…」
「はぐらかすな」
「……クス…松田さん、零れた水は元には戻せないんです…」
「どういうことだ…?」
「もう元には戻れないんですよ…俺はもう貴方と彼を切り離して考える事が出来なくなってしまった。貴方が何を言おうと白砂のように流れていくだけです。俺の時間は貴方が彼を愛していると思った時のまま動かない…」

 先に松田に迫った時の妖艶なものとは違い穏やかな笑みを浮かべて言った。正気の彼は一年前と何も変わらないのに、言っている事は何より哀しい事実。
 新一はそのまますぅっと眼を瞑って眠りに落ちた。




 新一の言葉に松田は呆然とした。

 全ては遅すぎたのか
 最中の彼は熱く情熱的であるのに
 それ以外では水のように掴みどころがなく
 氷のように冷え切っている
 そうなるよう仕向けたのは他でもないオレ自身だ



 新一の指でリングが鈍く光った。それは色褪せた自分たちの関係を反映しているのかもしれなかった。





 覆水盆に返らず――――――――

 もう元には戻らない








.end


















勢いのまま書いたので後で修正するかもです。長い暗い話でしたが呼んで下さってありがとでした。
お暇があれば感想お待ちしてます(マジで
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