偽りの時、真実の彼方








葬儀の日―――――――――――
あの人は真っ直ぐ前だけを見ていた




 歪んだ関係は今更元には戻せない。

「新一、今日事件が片付いたら家来いよ」
「遅くなってもいいなら…伺います」

 警視庁の人気の無い廊下。俺が返事をすると、その人は俺の頭を軽く撫で、自宅へと帰った。

 今日は少々厄介な事件について要請が来た。それに加えて夕刻からずっと繰り返される押し問答。事件より先に警察内部の整理からした方がいいんじゃないかと思ってしまうくらい一課の中で意見が割れている。そんな中に自分が入って仕切るのもおかしいかと黙って傍観しているが、進展がないのは自分にとって辛い。

 深夜になるかな…あの人の家に行くの。
 遅いと機嫌が悪くなるから嫌なんだよなぁ…アレも乱暴になるし。

 新一は進みそうも無い話し合いに辟易し、一人溜息を吐いた。




 結局ようやっとひと段落が着いたのは日付けが変わった頃だった。高木刑事が送ると言うので「松田刑事の家まで」と頼むと不思議そうな顔をしながらも、何も聞かずに送ってくれた。

「ありがとうございました」
「いや、今日は未成年の君をこんな時間まで拘束してしまって悪かったね。警察がこんなことしてちゃいけないよね」

 心底申し訳なさそうに告げる高木に微笑して、事件の解決に全力を尽くすことを告げ、去っていく車を見送る。
 新一にとっては高木の優しさは毒だ。優しくされればされるほど、自分の醜い面が圧迫されて息苦しくなるのだ。

 僕は貴方が思っているほどお綺麗な人間じゃないのに。

 自嘲してマンションのエントランスでボタンを押す。暫くコール音がした後、低く不機嫌そうな声がした。

「鍵開けるから入れ」
「わかりました」

 エレベーターは使わない習慣になっている。体力づくりというわけではなくて、ゆっくりと自分を落ち着かせてからでないと、彼に会えないのだ。


「………今晩は」
「よぉ、遅かったな。またあの親父共がちんたらしてたんだろ?」
「捜査どころじゃなかったですよ…」
「だから言ってんだろ?爆弾処理班の方に来いって」
「無理ですよ、そんなの」
「お前があの部屋に居れば、昼でもこんなこと出来ていいと思わないか?」
「夜、……あれだけすれば十分だと…思いますけど」

制服の中に入り込む手を押しのけて、松田と向き合う。

「シャワー浴びてきます」

 そそくさと浴室に入り、座り込んで項垂れる。

 何でこんな風になってしまったのか、二人の関係は。
 自分の望むものではなくとも、前はもっと…そう、彼が亡くなる前はずっと楽しかったはずなのに。




 若い萩原の死を歎くかのような雨の日だった。

 葬儀の日、彼は一滴も涙を流さなかった。無二の親友の死が悲しくないはずがないのに、泣かなかった。
 その理由が朧げながら、俺にはわかった。彼、松田陣平は、亡くなった萩原研二を愛していたのだ。二人がどんな関係であったか、今となっては聞けない。だが、松田が萩原の死に泣けなかったのは、悲しみを凌駕する想いがあったからに他ならない。傍から見ると普段通りに見える松田は実のところ抜け殻のようになっていた。それに俺が気付いたのは、それだけ彼を見ていたからであった。

「松田さん、これ…」
「なんだ……」
「研二さんが現場に行く直前に俺に預けてくれた物です」
「オレの煙草じゃん…あいつくすねたのか」
 笑みを浮かべて松田はそれを手に取った。
「松田さんに返しておいてくれと頼まれたので…」

 煙草を箱に仕舞うと、松田は自分の車で新一を連れて自宅へと向かった。


 家に着くなり新一が連れていかれたのは寝室であった。

「松田さんっ……ちょ…っと…やめ…っ」
「何で?お前オレが好きなんだろ?こういうことしたくねーの?」
「なっ、………何言って…………や、あっ!」
「ほら、おとなしくしろよ…痛い目に遭うぜ?」

 薄い笑みを浮かべる松田の眼を見て新一は絶望した。サングラスの奥に隠されていたその眼はもう何も映していない。
 それを見てしまっては、強姦まがいのこの行為にも何も言えなくなる。そんな新一に気付いた松田は漸くその気になったのかと戒める腕の力を緩めて、新一の首筋に顔を埋めた。 

 この破壊的な行為に意味などない。あるのはただ虚しさだけ。

 何度も繰り返されたことで物理的な痛みは減った。だが精神的な苦痛は日増しに大きくなる。
 新一は松田の手から与えられる快感に悶えながら 、冷めた思考でそう感じていた。





continue...


















シリアスを書き出すと長くなるのです。