16. 腕
(とてもパラレル)







「いたぞっ!こっちだ逃がすなっ!!」
「はぁっ、…はっ……はぁ…」

 鬼が赤い炎を持って追って来る。
 ひとつ、ふたつ、…遠くの赤い点は徐々に増えて散らばった。
 森に怒号が響く。

 逃がすな

 捕まえろ

 村の為に

 イケニエを探し出せ


 俺は力の限り走った。
 木や草を掻き分けて道なき道をあてもなく。
 着物は乱れ、裸足の脚に木や草が傷を作っていく。だがそんなことに構ってなどいられない。
 母を亡くした今、俺があの村で生きてゆく術はないのだから。

 だが、満足な食事を摂っていなかった新一の体はとうに限界を越えていた。迫り来る炎との差が徐々に縮まり、様々な怒声が新一の耳をつく。
 そしてとうとう、新一の恐怖心が張り詰めていた糸を切った。

「……ぁ…っ…」

 木の根に足を取られた新一は地面に身体を倒した。
 そこに、すかさず背後から影が忍び寄る。

「手間取らせやがって…やっと見つけたぜ」
「来るなっ!」

 新一の姿を確認した村人は、いやらしい笑みを浮かべて一歩一歩新一に近づいた。
 新一は座ったまま手と足を使って後ずさる。
 男が新一に向かって手を伸ばそうとしたその時、この場にそぐわぬ涼しげな声が響いた。

「人間とは難儀なものだな」

 二人はどこからともなく聞こえた声に動きを止めた。そして、同時に天を仰ぐ。
 それはずっと居たであろうに、まるで今現れたかのように危うげなく木の枝に立っていた。満月を背に従えたその男はゆっくりと、切れ長の目を村人のほうへ向けた。村人は息を呑んだ。炎を持った腕をだらりと下ろし、間も無く震える指先はそれを地面に落とした。
 涼しげな声の主はニヤと口角を上げる。

「何を恐れている?そっちの若いのは微動だにしないぞ」

 開いた双眸は月のような金色。背には大きな真っ黒い羽。そして黒い山伏装束。
 それから導き出された答えに村人が顔面蒼白になって叫ぶ。

「か、か、烏天狗だ!!」




「お前は逃げないのか?」

 走り去った村人を気にもせず、彼は逃げる素振りを見せない新一に問いかけた。

「俺はもう動けない。それに、結局はあいつらの思い通りになったんだ…」

 天狗は木から降り、座り込んだ新一の前に立つ。
 そこで新一は初めてつぶさにその天狗を観察した。羽があるのと眼の色以外は人間と変わらない。ばかりか、人間として見てもかなり器量の好い部類に入る端正な顔立ちだった。
 そして顔から腰の刀に視線を移したところで、亡き母の言葉を思い出す。

(新一、山奥には烏天狗がいるから行っては駄目よ)
(烏天狗は悪いやつなの?)
(そうよ…見つかったら最後、山奥に連れて行かれて一生戻ってこれなくなるわ…)

 やっぱり、俺ここで最期なのかな…

 思ったこととは裏腹に、新一は心で笑った。それは何故か、何故こんなにも自分はこの男に対して恐怖心を抱かないのか。最初はこの世に未練などないからだと考えた。だがそれは違うと、男を見れば見るほど恐怖ではない何かが新一の中で芽生え始めたのだった。
 それは、母の言葉を凌駕する何かをこの男が持っている証かもしれなかった。

「思い通りとは?」
「あいつらは、このところの天災は山の天狗が怒っているからだって、俺を生贄に差し出そうとしてたんだ。お前たちに」
「だったら助けを請うたらどうだ」
「言ったところで、意味のないことだと知っている」
「確かに意味はないな。元より俺はお前を手にかける気などないのだから」
「じゃあどうして俺の前にいる?」
「そう焦らずとも何れわかるさ。……今は新一、顔をよく見せろ」

 どうして名前を…と聞く前に天狗にあごを取られていた。

「お前は母親に似て美しいな」
「母さん…?」

 天狗は目を細めた。
 母以外で初めて見た他人の優しい表情に、ドキンと心臓が跳ねる。
 よく見ると天狗の金色の眼には黒い針のように細い線が縦に入っており新一をじっと見ている間それは微妙に大きさを変えていた。
 新一がその眼に魅入っていると、天狗は徐に顔を近づける。そして、手で新一の両目を覆った。

「俺の名前は快斗だ。覚えておけ」
「な、……んで…………っ!」

 快斗の手が触れた部分が熱を持ち、ちりちりと炎に身を近づけた時のような痛みが新一を襲う。そして耐えきれず掴んだ快斗の腕に縋りついたまま、新一は気を失った。

 次に新一が目を覚ましたのは、浮遊感と前から後ろへと流れる風の中だった。

「飛んでる……?」
「起きたか」

 新一を両腕で抱えたまま飛行していた快斗が顔を覗きこむ。新一は近すぎる距離にどぎまぎしながら下を見下ろした。
 そこである違和感を覚える。

「なんか、………変だ」

 なにがとは上手く言えないが、いつもと勝手が違っていた。何かを知っているのではないかと新一が快斗を見るが、彼は新一が期待した答えを言いはしなかった。

「お前、自分の今までの生活に疑問を持ったことがあるか?」
「疑問?そんなもの……」

 ありすぎて挙げるとキリがない。
 何故執拗に憎まれるのか。そして、除け者にしつつも時折怯えたような表情で俺たちを見ていたのはなんだったのか。だが、悲しいかな産まれた時からその環境にあった新一はそれを口にして誰かに問いかける事はなかった。母親以外には。
 そして、母親の答えは決まってこうだった。

 私が全て悪いのよ…

 それを言う母が、見ていて辛くなる程泣いて自分を責めるので、子供ながらに新一は、これは聞かないほうがよい事なのだといつしか聞くのをやめたのだった。

「奴らはお前たちを目の敵にした…にも拘らず殺めようとはしなかっただろう?」
「……俺はさっきまで生贄にされる為に追われてたんだ…殺されたのと同じだ」
「だが奴らは直接手をくだしていない」
「さっきから知ったようなことを……一体何が言いたい?」
「新一、お前は畏怖されていたんだよ」
「俺を…?あいつらが?」

 どうして……
 口に出さずとも表情が如実に新一の心情を物語っていたが、快斗が羽を操って高度を下げると、新一が身を固くして快斗にしがみ付き、会話は終了となる。
 快斗は肩を抱く腕に力を込め、森のある地点に向かって急降下した。

 長かった…やっと新一が帰ってくるんだ。俺のところへ。
 新一は知らないだろう。俺がどれほどこの時を待ち焦がれていたか。
 だってお前は俺の大事な―――――だから。

 地上に降りても快斗は新一を腕から下ろさずに抱えたまま道を歩いた。
 そして、愛おしさを隠さずに新一の横顔を見つめる。
 目線を森の木々に集中させている新一はそれには気付かない。
 見えすぎるその眼に未だ違和感を感じているのだ。
 快斗はそれに気付き口を開く。すべてを教える為に。
 快斗の落ち着いた声に、新一は再びその大きな瞳を快斗へと向ける。
 その目は眩しいほどの金色に輝いていた。






fin








最後のわかりずらいですが新一さんも天狗だったってことです。
新一は快斗の大事なナンだったのでしょうか?
@恋人 A兄弟 Bご主人 C息子 私の一押しはC(笑 (060624)
BACK