14. 意識







「工藤ー?こんなとこで寝てると風邪ひくよ」

 誰かが肩を揺する気配に目を開く。そこには今し方勤めから戻ったらしい男の姿があった。
 起きなよと言って微笑う、その表情に僅かに垣間見る陰。全身に漂う冷気を隠そうとしない、その男の指先が俺の手に触れる。室内の暖気に慣れた俺にはそれが酷く冷たかった。黒羽は俺が完全に覚醒したのを見てソファから離れる。こちらに背を向けたその刹那、夜の、匂いがした。
 一瞬触れた大きな手にはいつ見てもかすり傷がある。今日も新たな傷を目にした俺は不自然にならぬようそれから眼を逸らした。

「俺腹減って死にそう。なんか作っていい?」
「俺の分も作るならな」
「了解♪」

 俺は最初は知らなかった。こいつの正体を。ごく普通に友人になった彼を疑うことはなく、なにより俺はその当時、既にキッドと接触することはなくなっていた。思い返せばそういう怪盗もいたなという程度の存在だったように思う。俺は日々起こる事件に追われていたし、キッドは活動の拠点を海外に移していた。
 些細な切欠で友人となった黒羽快斗は、俺が無理をせず付き合える唯一無二の存在だった。探偵としてよりもプライベートを暴く事に躍起になっている連中に手を焼いていた時、犯人に酷く罵られた時、警察内部で批判対象にされた時、ささくれた俺の心を柔らかい言葉で撫でつけてくれたのも黒羽だ。頑張れなんて言われ慣れた言葉でなく、まるで聞いたことの無い科白で。
 そんな風に優しくされて、好きになるなというほうが無理だった。
 そして、知り合ってから半年もしないうちに、黒羽はあっさりと自分のもう一つの顔を俺に告げた。

「お待たせー」
「おう…っておまえそれ全部食うのか?」
「えー俺達の年だったらこれくらい普通っしょ?工藤が食わなすぎなの」

 黒羽はそう言って、持って来た特大のオムライスにスプーンを差し入れる。俺の前には常識的な大きさのオムライスがあって、いただきますと俺がそれを食べ始める頃にはあいつの胃袋には既に1/3が収まっている状態だった。故に食べ終わる時間はほぼ同時だった。

「なぁ工藤、今日泊まってもいい?」
「そうくると思ったぜ、部屋はいつもんとこ使え」
「へへ、ラッキ。明日はここから学校行こうっと」

 俺たちはキッドのことは最低限しか話さない。こうして予告を実行してきた日は特に。黒羽が落胆しているのはわかっているが、だからといって俺が何を言ったところで現状は変わらない。キッドの事は、俺にとって黒羽への最大の尊敬に値すると同時に、胸を苛む最たるものでもある。それを知っているから、黒羽は滅多にキッドの話をしないのだろう。

「風呂はいるだろ?先にはいってこいよ」
「え、いいよ一日くらい…」
「方々走り回ったんだろ?はいってすっきりしてこい。これは命令だ」
「はい……せっかくだし一緒に入る?」
「バカかおまえは」
「相変わらずつれねーの」

 俺が頷かないことなど百も承知だろうに、黒羽は拗ねたような顔を見せて浴室へと向かった。
 例えば俺が、偶にはいいかもな、と風呂に入る準備をしたら黒羽は慌てて止めるだろう。裸で密室になんて、平静でいられるはずがないのだ。お互いに。

 何故なら、俺が黒羽を好きなのと同じくらい、あいつも俺を好きだから。

 黒羽と話していると、時々二人して動きが止まることがある。多分、傍から見れば見詰め合っている様に写るだろう。俺が黒羽の仕草に見惚れている事にあいつは気付いているし、黒羽が俺を見て照れたような、困ったような顔で微笑うとき、何を考えているのかも知っている。そしてそれが重なった時、両者共に身動きができなくなってしまうのだ。
 俺たちは無意識のうちに互いの気持ちを知って、意識的にそれを隠している。

「工藤、風呂あがったよー」

 濡れた黒い髪を煩雑にタオルで乾かしながら黒羽が言う。
 俺は開いた襟元に目線がいきそうになるのを制して、努めて冷静に振舞う。
 この気持ちはストイックなものではないから、自然黒羽の身体に欲情もする。だけど、キッドの終わりに向かって暗黙のうちに共同戦線を張った今、それを表に出すのはご法度なのだ。

「黒羽」
「んー?」
「怪我、悪化させんな。なんか貼っとけよ」

 冷蔵庫から水を取っていた黒羽の背中にそれだけ言って、俺は逃げるように浴室へと向かう。だから、黒羽がありがとうと言っていたことは知らない。





 黒羽がパンドラを見つけて俺に告白をするのは、もう少し先のこと。




fin








Thanks Fine Peace / SMAP (060527)
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