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10. 絵 珍しく真剣な顔をした黒羽を、俺は珍獣でも見るかのような視線で見ていたに違いない。 「え?今なんて…」 「えっと、先生を描いてみたいなーって」 身体の前で手を合わせ、駄目?と首を傾けて伺いを立てる黒羽はいつもより幼く見えた。 「……お前がいつも描くのは風景画か抽象画だろ?」 「俺に描かれるの、嫌?」 「そういうわけじゃないけど…」 口篭る俺に黒羽の顔は真剣味を増した。この男の真っ直ぐな瞳に見つめられると、俺は身動きができなくなる。挑むような視線は情事の最中を思い起こさせて酷く落ち着かない。10も下の、しかも同姓相手に動悸を早めているなんて、どこかおかしいのかもしれない。思春期特有の幼さと時折見せる大人びた表情に振り回される。自覚していながらも、それを止める術を俺は知らない。 「どうして俺なんか描きたがるんだ」 「わかんない?」 「わからねーよ」 「簡単なことだよ。好きな人描きたいって創作家にとって当然の欲求でしょ?」 「………お前はっ!」 俺には言えない事を簡単に言いやがって。好きな人と黒羽の口から出ただけで、恥ずかしさなんて甘いものじゃなくて、逃げ出したい、もしくは今すぐ冷水を浴びたい気持ちになることを知っているのだろうか。黒羽は不意に椅子から立ち上がり、片手で顔を覆っている俺の側に近寄って腰を引き寄せた。 「答えはオッケーでいいんだよね?先生」 「脱げなんて言ったらすぐやめるからな!」 「うん。全裸にはさせないよ」 「…………には?」 「脚と上半身は出してもらわないと」 言いながら勝手に人の脚をさする。それに一瞬身震いをした自分を呪いながら、腰から尻に回ってきそうなもう片方の手を戒める。 「ケチ」 「俺の裸描きたがる変態に言われたくない」 「大丈夫だよ。絶対誰にも見せないし。あっ、先生には完成したら見せるけどね」 どんな馬鹿なことを言ってこようと、結局俺は黒羽の頼みは断れないんだ。不承不承といった風に承諾したが、実は黒羽に描かれることを喜ぶ気持ちのほうが大きい。実力を認めた、しかも惚れている相手に描かれるというのはどうにもこそばゆいのだが。 この後、黒羽が描こうとするのが決まって情事の後であること、デッサン中に見られる感触が予想外に熱を燻ってしまうことから、俺は引き受けたことを激しく後悔するのだった。 fin (060423) |