明かりの消えた館内で、怪盗は妖艶に微笑って言った。 「わたしと遊びませんか?名探偵」 二人だけでいる空間に胸を躍らせて、頬の赤みを悟られぬようにと近づいていた、そんな瞬間に言われた言葉。 負けず嫌いな性分の新一はそれに二つ返事でOKした。 遊ぶってそーいう意味だったのかよ! 淡い期待を胸にドキマギしながらキッドの言う「遊び」の内容を聞いた。するとそれは単にいつもの追いかけっこに商品がついただけのものであった。 その商品とは、相手の望みを聞くこと。 至極よくあるハナシだ。新一は落胆と怒りが同時に湧いた。怪盗に淡い恋心を抱いているこの探偵にとって「遊び」という言葉は甘い響きを含み過ぎていた。なので余計に落胆も大きい。 もし勝っても…つーか絶対勝つけど…望みなんて何言えばいいんだ? ぱっと一番に思い浮かぶのは恋人になって欲しいということ。だがそれは同時にこの感情を告白することにもなる。第一、そんな持続性のある願いは叶わないだろう。 じゃあ、一度でいいから……き、…キス…とか? その様子を頭で考えるだけで脳が沸騰しそうだ。頭で脳味噌汁の完成…。 だがそれも告白同然の願い。 あー…やべーな。こんなことばっか思い浮かぶなんて…ひょっとして俺餓えてんのかな。 淡白だという自覚はあるけど自分だって健全な男子だもんな、と言い聞かせ、新一は手にしていた小説を頭上に置いて、ベッドに横たわった。 もういいや…考えてもしょうがねーし、勝負がついたその時に決めよう… 果して勝負の日はやってきた。 次の予告日がその時だとキッドが言った通り、ご丁寧に予告状に勝負への新一に対する挑発とも取れる文面があった。 「おもしれーじゃねーか…」 「ん、何だね?何かあったのかね?」 「あ、いいえ。今日の暗号はまた気合が入ってるなと思いまして…」 怪訝そうに見つめる中森の眼を逃れ、宝石の回りをぐるりと一周した。キッドの仕掛けそうなポイントに目星をつけておき、頭にインプットしていく。もう新一の頭には勝負の事はなく、常日頃行っている入念な下見に没頭した。 館内の見取り図、排気口、出入り口等を全て頭に入れ、自前のパソコンを駆使してキッドの侵入路を割り出す。今までもそうしてきたが、当たる確率は新一が思うに低い。というより、新一の策に気付いたキッドが経路の選択を瞬時に変えるのだ。いつも奇想天外な経路で現れる怪盗に賛美と悔しさを感じ対峙する新一であった。 「中森警部!もうすぐ予告時間です。警官の配置は整っていますか?」 「警備は完璧だ!!今日こそはキッドに煮え湯を飲ませてやるわー!!」 キーンと響く声にヘッドホンから一瞬耳を離し、ではお願いします…。と告げて回線を切る。 「よーし、こっちは初の試み、試してみるか!」 新一は一人離れた部屋に篭ってパソコンと向き合っていた。その画面には警察には見せられない内容がぎっしりと詰まっている。 これが功を奏し、中森のいつも通りの警備でもキッドを追い詰める事ができた。 「残念だったな、怪盗キッド」 「ハッキングとは穏やかではないですね、名探偵」 新一は館内のセキュリティ、出入り口の開閉等全てのシステムを手の内にキッドの盗みを阻止することに成功したのであった。月に翳して確認は出来たものの、その後宝石を取り返されたキッドの負けである。 「お前に勝つにはこれくらいしねーとな」 「中森警部には?」 「もちろん許可は取ってない」 「そうですか…では望みをどうぞ。なんでもお答えしますよ?」 キッドは「遊び」に負けたことへの悔しさはおくびにも出さず、優雅に微笑んだ。 新一は例によって何も考えていなかった為、暫し顎に手を当てて考えた。 「名探偵?望みがないのですか?」 「いや、ちょっと待て。今考えてるから」 勝つとは思っていたが、本当に考えていなかった新一は頭を廻らせた。せっかくだから普段のキッドでは見られないことをさせようとして悪戯に考える。 その時、不意に雲が風に流されて月が顔を見せた。満月だった。それを背にした怪盗の顔に逆光で僅かに影が差す。 ああ、アルテミスはキッドを守護している… ふと、そう思った。月に取られる気がした。探偵と怪盗、男同士、そんな二人に今以上の関係が望めるものか、と月に嘲笑われている。 新一は眼を薄めて月を見て、改めてキッドを見た。 「決まったぜ…」 「どうぞ、なんなりとお申し付け下さい」 キッドは恭しく一礼をすると口角を上げて新一を見遣った。 「俺が今から言うことを黙って聞いていて欲しい」 「聞くだけ…でしょうか?」 「ああ、何も言わなくていい。それで、その後俺の記憶を消してくれ。お前が“遊び”を持ち出してきたことから丸ごとな」 できるだろう?と問えば、できますが…と言葉を濁す。新一の意図がわからずキッドは閉口した。記憶を消すということは多少の恐怖を伴うものだ。それをして欲しいとは、余程覚悟のいることか。キッドが思案に耽る中、新一が緊張の篭った、それでいて覚悟を決めたような声で告げた。 「キッド、今から言うことは多分もう二度と言わないことだ。だけど、忘れないで欲しい…」 「承知いたしました…」 新一の神妙な口ぶりにキッドもつられて真面目な表情になる。 「俺はお前が好きなんだ…気に入ってるとかじゃなくて、その…恋愛感情で」 「めいた………」 「だけど、別に今の関係を壊すつもりはない。お前には相手がいるだろうし、それを邪魔するつもりもない…ただ…」 「……………」 「記憶取った後もさ、今まで通りにしてくれよ。それで、あんまり俺に刺激を与えないでくれ。こう見えて結構お前の一言で浮き沈みするからさ…」 この後記憶を失くすことが新一を酷く素直にさせた。淡く微笑んで告げるとキッドが複雑な表情をしているのが見えた。そして、月が姿を消した。まるで自分が月を打ち負かしたような気分になって、得意になる。 「気持ち悪かったなら忘れてもいいぜ。だけど、現場に来ることくらいは認めてくれよな。 ……ん、これでいい。すっきりしたし。もう消してくれ」 新一はそう言って眼を瞑り俯く。 が、キッドが動く気配が一向にない。 「キッド?」 「………お断りします」 刹那、胸がズキリと痛んだ。 「わかってるよ、そんなこと……でも想うのは俺の自由だ。目障りならもう二課とは組まない」 「違いますよ、そっちではなくて。記憶は消しません」 「は………?嫌がらせか?」 「いいえ」 キッドは数歩新一に近づいて、クスリと笑った。 「約束が違う…消してくれないと、俺は……」 キッドの言葉に新一は項垂れて、狼狽えた。キッドが近づく気配に比例して上がる心拍数、大きく鳴る心音。 逃げたい衝動から後ろへ数歩後ずさる。 「そんな勿体無い事、誰ができましょうか?」 凛と響く声が耳のすぐ近くでしたと思ったら、視界が一瞬で白に染まる。 気付けば、焦がれた怪盗に抱き竦められていた。 バクバクと音を立てる心臓。それが自分のそれの音だけではないことを知り、顔を上げる。 「先に言われてしまいましたね…」 「なに……を?」 キッドと違い新一の手は所在無く垂れ下がっていた。肩に回された見た目よりも逞しい腕の感触を堪能しながら、どこか呑気に言葉を紡ぐ。 「好き……だと。」 「………言いたくなったんだ…月を見てたら」 「私も貴方が好きです……」 キッドは言うと共に腕に力を入れた。ぎゅっとされる感覚に遠くを見つめると、雲の隙間から再び月が顔を覗かせた。 ざまぁみろ、こいつはもう俺のだ 「キッド、それ…本当か」 「はい、貴方だけを愛しています」 「証拠、欲しい……」 新一は耳まで赤く染め、眼を瞑ってキッドを仰いだ。 「………名探偵」 一度呼び、腕を腰と首に固定させてそっと口唇を重ねる。それは月光の下、長く甘く続いた。 そして、怪盗と探偵の逢瀬を見下ろす月はまた姿を隠した。 .end (05.6.7 Ando Kyoka) |