masochism





溜息を吐く。いつもこの瞬間は気が滅入るんだ。
冷たい空気と、孤独との戦い。
扉の前に立ち、顔を引き締める。ここからは元女優の息子の腕の見せ所。
ノブを回して腕に力を入れるとキィ…と鈍い音を立てて扉が開いた。風に吹き晒されて錆びたドアの隙間から、やつの匂いが漂う。鼻を衝く芳香に顔を顰めて天を仰いだ。
「いい天気…」
「遅かったですね、名探偵」
東京の夜空にしては月が綺麗だった。思えばあいつが現れるのはいつもそんな晩だ…
「お前の茶番に付き合わされるのは勘弁願いたいね…」
「嫌なら家に帰ってワインでも飲んでいればいいのですよ?」
ここまで来るのは全てお前の意思によるものだと怪盗は言った。いつもと変わらない、突き放すような物言い。
「ワインは嫌いだ。」
第一未成年だし。家には腐るほどあるけど。
「そのうち良さがわかりますよ…」
張り合いのない探偵の回答にやれやれといった風に肩を疎めた。
「生憎俺はまだ十代なんでね」
「はっ、貴方からそんな殊勝な言葉が聞けるとは…」
存在自体犯罪なお前から…
「なんだよ…俺は日本警察の救世主だぜ?」
「そのメシアが私を毎夜逃がしているワケですか」
逃げられる、ではなくて逃がしている。その微妙なニュアンスの違いは実際では大きな問題だ。
こいつは気付いていて毎回俺から距離をとる。捕まえる事の出来ない憐れな探偵を嘲るように。
「お前は、警部か白馬に捕まればいい」
その白い羽をもぎ取る勇気は俺にはない。手枷をつけて自由を奪ったところで俺のモノにならないのなら今と何も変わらないし、虚しいだけだ。
「あの人たちには捕まりませんよ。私を捕らえることが出来るのは貴方だけです」
「俺には無理だ…」
「何故?」
「嫌なんだ、見たくない…キッドが地に堕ちるところなんて」
「貴方は私を捕まえることができるだけの力を持ちながら、それを放棄するのですか?」
コツコツと靴を鳴らしてキッドが近づいてくる。その気配を感じながら俺は項垂れて、その場に縫い付けられたように動く事が出来なかった。
「お前は一生誰にも捕まらない。誰にも屈しない。それでいいだろう?」
顔を上げて不敵に笑って言えば、キッドの顔が驚きに変わる。
「もう少しかと思ったのですが…」
「え……?」
「本当に難しい人ですね、貴方は」
「何が言いたい?」
「今はわからなくて結構。鈍い貴方には口で言ってもわからないでしょうから」
「失礼なことを言われている、というのはわかるぞ」
「善人ぶった探偵には御あつらえ向きでしょうに」
言われて俺がうっと言葉を詰まらせると怪盗は揶揄するように笑って
「毎回楽しみですよ、貴方の反応は」
「性質わりー………」
とは言っても。
優しい怪盗なんて嫌いだ。
冷たい言葉で俺を戒めて。
適当な言葉で誤魔化さないで。
もっと俺を責めて罵って。
無能な探偵だと侮蔑の眼で見ればいい。


そうすれば俺は恍惚さえ浮かべてお前と対峙できる。

冷淡なお前の言葉だけが、俺が見つけたたった一つの真実だから。





.end











解説をします...
新一はキッドが冷たいと嬉しくて、優しいと不安になる天邪鬼さん。
けど冷たくされることに辛さも感じるので必死にポーカーフェイス。
そしてキッドはそれを改めてやろうとしてるのに上手くいかない、という感じの話を書いた…つもり(焦