See you again, honey. 風の吹き荒ぶビルの屋上。そこで怪盗が宝石を月に翳し、僅かな落胆の気配の後それを俺に放る。 キッドは、月に翳すことで中にルビーのような真っ赤な宝石が現れるのを待っているらしい。そんな胡散臭い話があるか。といつもの俺ならバカにしようとしただろうが、キッドのあまりに真剣な眼を前にそんな事を言えるはずがなかった。 「では、名探偵。また月の綺麗な夜にお会いしましょう」 「おう」 ばさりと白いマントを翻し、ハングライダーで闇夜を闊歩する。 街のネオンに交ざるそれが、何故か・・・酷く眩しかった。 そんな逢瀬を繰り返す俺たちに、転機は突然に訪れる。 「今日もまんまと盗ってきたわけか・・・」 「勿論ですとも」 キッドはニヤと口角を上げた。途中まで警備に参加している身としては難なく盗られると悔しいのだが、仮に中森警部が全面的に自分に協力してくれたとしても、果たしてどこまで本気でキッドに立ち向かえるのか疑問でもある。 「・・・め・・・たんて・・・」 「え?」 顎に手をかけ自分の世界に入りかけていた新一が顔を上げると、初めて見るキッドの満面の笑みがあった。それはいつも月を背にする怪盗の印象と違い、太陽のような温かさを感じた。 ああ、とうとうこの時が来てしまったのだ・・・ 「どうした・・・?」 「やっと見つけました」 そう言って怪盗が掲げた宝石の中には禍々しく光る真っ赤なジュエル。 「まさか、それが・・・・・・?」 お前の探していたビッグジュエル? 「ええ」 「そうか・・・・・・」 目を伏せて視線を落とす。これでキッドはもう現れないのだ。それはパンドラの話を聞いた時に言っていたこと。 目当ての宝石が見つかったら、キッドは消える......と。 良かったなと一言言うべきなのに、言えない。キッドが消えるということは即ち、俺たちの関係も終わるということ。それは今生の別れ。そんな時に感情を押し殺して笑えるほど俺は人間が出来ちゃいない。 「名探偵、この宝石はお返しできませんが・・・」 「ああ、わかってるよ。警部には上手く言っておく」 キッドには宝石を持ち帰って共に喜びを分かち合いたい相手がいることだろう。きっと俺のことなど露程も思い出さずその相手とこれから幸せに暮らしてゆくのだ。 「漸くこれでキッドも廃業です。思えば、今まで貴方にはお世話になりましたね。ありがとうございました」 恭しく礼をする、その一挙一動が洗練されていて・・・すごく好きだった。 でも、もう会えない。 「礼なんていいよ。これからお幸せにな、怪盗キッド?」 キッドが顔を上げるより早く告げて、背を向けた。顔は見せれたもんじゃない。声が震えてないかだけが心配だった。俺は眼に溢れそうな涙を抱えていたから。 これ以上ここにいると感情を剥き出しにして怪盗に縋りたくなってしまう。まだキッドをやめるなと。俺が言えた義理じゃないと頭を振って、いつものように別れの言葉も告げずにビルの扉に向かって歩く。 「またお会いしましょう、名探偵」 背後から聞こえた声に、涙を散らせて振り向くとキッドは既に姿を消していた。 いつもの癖かな・・・ 僅かな期待を胸に振り返った自分に自嘲して、ビルの階段をゆっくりと降りた。 サヨナラを心の中で呟いて。 「工藤くん、今日も協力ありがとう」 「いえ、お疲れ様です。送って下さってありがとうございました、高木さん」 バタンと車のドアを閉め、玄関の鍵を開ける。ここのところ事件続きで正直疲労困憊だ。高木さんを見送ると肩をぐるぐると回して自分で軽く揉む。 なーんか所帯染みてんなぁ・・・このままジジイになって一人で死んでいくのかな? とても有り得そうなことに苦笑いをして溜息を吐く。家に入るとリビングの電気を点けて鞄をソファに投げ、ネクタイを外した。このままシャツを脱いで風呂場に直行しようと思っていたのだが、運の悪い事に来客を告げるベルが鳴った。隣家の博士や灰原の場合ベルは鳴らさないので、別の客だろう。こんな時間に来るなんて碌な奴じゃない、もっと言えば怪しい奴だ。自分の立場からしてそういう輩が来ないとも限らないので、相応の覚悟をして迎えねばならない。そう考えながら覗いた画面に映った人物は見るからにマスコミ関係の風貌だった。 「・・・何か御用ですか?」 疲れているというのに厄介なのに捕まったとウンザリしながら対応すると、意外に若いその記者は一枚の写真を画面いっぱいに映るよう突き出した。 「・・・!・・・・・・これはっ・・・」 眼に飛び込んできたのは最後にキッドと会ったビルの写真。しっかりとキッドと自分が向き合っているとわかるように撮ってある。 「身に覚えがあるだろう?工藤新一君。取り敢えず中に入れてもらえるかな?」 「・・・・・・・・・どうぞ」 ディスプレイを殴りそうになるのを耐え、低い声でそう呟き、門のロックを解除した。二課の中森には、あの日はキッドに会えず宝石は取り返せなかった、ということになっているのだ。ここで自分が下手に動けばキッドが取り戻した平穏な生活を脅かすことにもなる。 恐らくあの記者はなんらかの条件を出してくる。直接家を訪ねるとはそういうことだ。 それが金か、取材か・・・・・・最悪の場合、カラダか・・・ こんな顔身体をしているせいで男に迫られたことはある。今までの奴らは一掃してきたが、相手がもし求めてきたとしたら・・・今回が一番危険かもしれない。 程なくして玄関を叩く音がした。緊張を隠してドアを開けると、先ほどの男が帽子を目深に被り口元に笑みを象って立っていた。外に居られるのも困るので玄関の中に入れてドアを閉める。 「どうやって撮ったのか知りませんが、それを公開されると困ります」 「へぇ・・・・・・」 男はくっと皮肉気に笑って帽子の唾を上げた。隠れて見えなかった顔は驚くほどに整っていて、記者なんかしなくても芸能人としてやっていけるだろ・・・と余計な事を考えてしまう程華がある。だが、一瞬見惚れてしまったのはそのせいだけではない。意地悪で余裕たっぷりに笑い、紫紺の双眸でじっと見つめる様は懐かしい誰かとダブる。 「で、ですから、条件があるなら何でも聞きますから・・・・・・それを公表しないでいただけますか?」 「何でも・・・・・・・・・?」 「・・・・・・ええ」 悪い予感が的中したらしく、男は端正な顔を愉悦に変えて厭らしく笑った。ここで引くわけにはいかない新一は俯いて答える。もう覚悟を決めるしかないのだ。 「なら、服脱いでもらおうかな?」 「・・・・・・・・・・・・」 死刑宣告のようなそれを拒否することは出来ない。新一は小さく息を吐くと半ば投げ遣りに制服のシャツを脱ぎ捨て、続けて下に着ていた黒いランニングシャツに手を掛けた。すると途端に目の前の男が慌てる。 「ちょっ、・・・ごめん!もういいから!」 その男はさっきとは打って変わって少し自分に似た耳どおりの良い声で俺の動きを静止させた。 「なんだよ、それ・・・ヤりたいんじゃねーのかよ?ヤらせてやるぜ?それ返してくれるならな」 相手の変わりように不快感を露わにし、すっと眼を細めて睨みながらランニングの裾をパタパタと扇いで煽る。細いウエストは男を狙う男には効くだろうと嘲笑交じりに告げた言葉に今度は相手が逆切れをしだした。 「だからやめろって!そんな簡単に脱ぐなよ・・・・・・あー、もうオレが悪かった!でもこうでもしないと入れてくれないだろ?お前は」 「てめーが脱げっつったんだろ・・・」 「あれは出来心です・・・蹴りの一つでも飛んでくるだろうと思って言ったんだけど、なんで抵抗しなかったの?」 「それは、今更・・・キッドに迷惑かけたくないし・・・」 「そう・・・・・・だったんだ・・・最低だオレ、本当にゴメン!」 帽子を取って頭を掻く様子は何処か垢抜けなくて、同年代なのだと悟る。それでも相手の言わんとしていることがわからなくて、首を傾げてしまう。 「ほら、そんな可愛い顔しねーの」 自分の仕草を見て何故か男は破顔する。その瞬間、走馬灯のように途切れ途切れの映像が頭に浮かんでは消えた。 無造作に跳ねた髪。すっと通った鼻梁。耳に響く流麗な声。そして、太陽のような・・・笑顔――――― 五感から伝わる全ての情報が導き出す人物は?その答を模索している新一の前で男は例の写真を目の前に出した。 「よく見てて」 にっこりと笑うとその写真をビリビリと破り、見る見る間に小さな紙切れにして手の中に収めた。 「1,2,3・・・」 男がそう呟き写真の入った手を広げると、二人の間には音もなく大きな白い薔薇の花束が現れた。途端に鼻腔を擽る薔薇の芳香。その花に眼を奪われていると、いつの間にか男の衣服も替わっていて、視線を向けた新一は眼を見張る。 「お久し振りです、名探偵」 「キッ・・・・・・ド・・・?」 新一の中で答えが出ると同時に現れた怪盗に暫し呆然とする。白い衣装に白い薔薇が好く映えて、月の下で見る姿とはまた違った艶がある。 「どう・・・・・・して・・・?」 「またお会いしましょう、と言ったはずですが?」 「会ってどうすんだよ・・・からかいに来たのかよ・・・」 「まさか。これが私の気持ちです。受け取って頂けますか?」 工藤邸の玄関に跪き、白の薔薇を差し出す怪盗。目の当たりにした新一は焦ってわたわたと視線を泳がせる。 「なっ、・・・・・・何改まってんだよっ・・・ははは花なんてそこら中で渡してんだろ?普通に渡せよ!」 キッドは、顔を赤らめて花束を引っつかんだ方とは逆の新一の手を取り上目遣いに見上げた。 「今日の薔薇は特別です。白い薔薇の花言葉、ご存知ですか・・・?」 「いや・・・」 生憎花言葉なんてロマンチックなものとは無縁だ。知識としては赤は情熱だったか・・・、とその程度。白と限定されても皆目見当もつかない。 「もうキッドではないですから・・・」 視界が白に染まったと思ったら、次の瞬間には自分と年の近い青年がいた。さっきの記者と同じ顔で、さっきより柔らかい雰囲気を纏った太陽の君。 悔しいことに目線は少し上。彼は徐に未だに掴まれたままの手を口の高さまで持ち上げ、あろうことか甲に口付けた。 「なにすんだっ・・・!」 「“私は貴方に相応しい”だよ、工藤」 引こうとする手を握り締め、ニヤリと笑って甲に口を寄せたまま上目遣いに告げる。その言葉を聞き新一はかーっと顔に血を昇らせる。 「もう盗みはしない。だから、探偵である工藤の側に置いてくれない?」 「で、でもっ!・・・・・・俺は男だし・・・それに我侭だし、きっと側に居たら危ないし・・・!」 「そんな危ない目に遭っているあなたを放っておけと?」 手を拘束されたまま狼狽える新一に微笑んで、キッドは改めて想いを告げる。 「工藤が好きだよ」 「しっ・・・じらんねー・・・・・・本気で?」 「好きでもない男相手に告白する趣味はないよ」 笑って言えば新一はまた頬を染める。どうやら笑顔に弱いらしいと悟ったキッドはもう一押しとばかりに満面の笑みを浮かべて言った。 「オレの名前は黒羽快斗。これから宜しくな、工藤」 新一は片手に持っていた薔薇を落として顔を覆って頷いた。一粒の透明な雫を零しながら。 伏せていた眼を上げればそこには困ったように笑う君。僕だけの太陽。 薔薇の芳香に満たされた空間で交わすのは初めてのキス――――― .end |
怪盗に口説かれている間も新ちゃんはずっとランニング姿だったり(笑
花言葉は他に『純粋、素朴、尊敬』ナド。