全てが酷く脆く感じて、触れ合っているのに喪失感が消えない
幸せなのに、背筋が凍るような感覚に陥る

何故だろう?
問うても君は曖昧に微笑むだけだったね








5. fall down







「ン・・・っ・・・快斗・・・・・・くすぐったい、って」
「もう、色気ないなぁ・・・あんっ!イイ、・・・気持ちいいよ快斗!って言えないの?」
「バカだお前・・・」
「そんなこと言うんだ?」
「あっ・・・ちょっと、・・・・・・やっ!」

 広い工藤邸の浴室で二人寄り添って湯に浸かる。足を伸ばしてもまだ余裕があるほどの大きなバスタブ。快斗は新一を後ろから抱き締めて首から肩胛骨にかけて舌を這わせ、キスをして、所々に赤い証を刻む。ねっとりとした舌の感触と水面下でイヤらしく動く快斗の器用な手に新一は耐え切れず首を仰け反らせ天を仰いだ。それにニヤリと口を歪ませ、快斗の指が優しく喉仏を撫でる。

「や、・・・・・・・・・あっ―――」
「ふっ、艶かしいね新一は・・・」

 いやいやと身体を捩る新一の耳に吐息の様な言葉を流せば、新一の眼からは透明な雫が零れる。

 細くて敏感で、壊れそうな新一・・・・・・





「このバ怪盗が!!」
「いーじゃん、いれたわけじゃないんだからさぁー」
「あれじゃいれてんのと同じだ!」
「いやいや、全然違うって!いれたらきっと新一もっと狂って自分から腰振っ・・・」

 バシッと快斗がペットボトルを受け止める音が響いた後、真っ赤な顔の新一が悔しげにきっと睨む。

「取るなよ!そのふにゃけた顔に当てとけ!」
「嫌だね。快斗くんのいい顔が崩れちゃうじゃん?」

 風呂から上がった直後に始まる口論。喉の渇きを癒していた新一も、快斗の発言に飲んでいたミネラルウォーターを振り被って投げる始末。それでも、新一にあるのはあの後の独特の倦怠感だけで下肢の痛みはない。

「若いオレが挿れるの我慢してんだからさー、新一イかせる時くらい堪能させてよv」

 新一は明るく言う快斗にぐっと言葉を詰まらせる。悪いとは思っているのだ。最後まで交われない不便なこの身体を。

 俺がいいと言っても快斗はきっと聞かない。人一倍欲しがる素振りを見せても、最後には俺を最優先するに違いない。こいつはし過ぎなくらい俺の身体に気を遣うから。それは前に俺の首を絞めた時の後遺症なのだろう。







「快斗、・・・・・・ごめん・・・俺・・・」
「どうしたの?」

 あの日、初めてキスをした日。甘い雰囲気を壊したのは俺だった。そのまま一つになりたかったのは俺も同じだった。だけど、その後で後悔して自身を責めるお前を見たくなかったから・・・

「ドクターストップかかってるんだ・・・」

 溜まったら他で抜いてもいい、なんて思ってもないことを言って、物わかりのいい人間を演じた。それに快斗は笑顔で、それは嫌だ、と言って俺を抱き締めた。抱き返した腕が震えたのは仕方のないことだろう?その言葉が何よりも嬉しかったんだ。










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 付き合い始めてからも探偵と怪盗の関係は変わらない。キッドが予告を出せば、二課が助けを求めて俺に連絡を寄こす。そしてそのまま現場まで俺が出向く。暗号を解読してもらったという手前、中森警部も俺を邪険に出来ず苦虫を潰した。

「今宵の貴方は格段にお美しいですね、工藤名探偵?」
「ハッ、勝手に言ってろよ。見境なしの気障怪盗」
「相変わらずつれないお人だ。でもそれも私の興味をそそる」
「こぉぉらぁぁっっ!貴様、警察を無視してそいつを口説くんじゃないっ!!!」

 以前とは目に見えて態度の変わった怪盗に中森の怒号も勢いを増した。軽口を叩く新一にも敵意以外の感情が見え隠れし、警察内ではちょっとした噂になりつつあった。

「工藤くん・・・君はキッドを捕獲する気はあるのかね?」
「それはどういう意味でしょうか?」

 緊張した面持ちで訪ねた中森に資料を捲くる手を止めて答える。

「現場での君はキッドとの遣り取りを楽しんでいるだけで、決してやつを捕えようとはしないではないか」
「安易に手を出しても返り討ちに合うだけですから」
「それでは、キッドの君に対するキザったらしい言葉遣いは何なんだね?!」

 中森はあからさまな疑惑の眼を向けた。目の前の救世主が、今の中森には胸に一物を抱えた食えない人物、もっと言うなればキッドと同類に見えて仕方がない。以前は目の前でいがみ合っていた二人の変化を簡単に流すほど彼も無能ではないのだ。
 新一はふぅと溜息を吐いて持っていた資料を元の場所に戻すと中森と正面から向かい合ってはっきりと告げる。

「警察を撹乱する為の心理術でしょう。あれに気を取られていてはキッドの思うツボなのでは?」

 嘘が上手くなった。
 一点の曇りも無い青の双眸は以前と変わらず澄んで見えることだろう。だが中森はそんな新一に疑惑を晴らすことはなかったし、それは新一も承知していた。

 疑われていようと尻尾を捕まれなければいいんだ。それだけに気をつけていればいい。

「中森警部。ご心配なさらなくても、僕はいつだってキッドを監獄に送るつもりでいますよ?」

 笑顔の新一の裏に隠れる有無を言わさぬ物言いに中森も言葉に詰まる。新一は他に用がないなら失礼しますとだけ言い、捜査二課を後にした。










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「快斗〜、今日てめーのせいで中森警部につかまったじゃねーか!」
「え?オレのせいって何が?」
「こないだキッドで俺にくそ寒い台詞吐いただろーが」
「いやーん、愛の言葉って言ってよv」
「キモい。って、マジで怪しんでんぜ?中森警部」
「まさか、キッドとまぐわったのかね!?とでも言われた?」

 快斗は新一の言葉にけらけらと笑って、ご丁寧に中森の声色を使って軽口をたたく。

「どんだけ古いんだよ、警部は・・・。そこまで感づいちゃいねーよ。ただ、自分の知らない所で接触してるんだろう?って眼はしてたな」
「へぇ〜、あのにっぶい警部がねぇ・・・」
 でも流石に既に恋仲にあるとまでは気付かないか。キッドの正体も掴みかけて結局手放した人だしな。

「あの人五月蝿いだけじゃなくて案外キレるんじゃね?それだけキッドを見たきたって事だろうしさ」
「じゃ、今度から新一はキッドの現場に顔出すのやめる?」

 ソファに座ってテレビを見ていた快斗が、隣の新一の腰に両腕を回して向き合うように身体の位置を変えた。そうなればもう視界にはお互いの顔以外何も映る事がない。

「女扱いすんな・・・」
 いつも言ってんのに。
「なぁ、もう来てくれないのか?」

 甘えた声を出せば、触れた頬が僅かに紅潮する。そのまま迷うことなく淡く色づく口唇に自分のそれを重ねた。
 突然の事に身体を強張らせた新一も、丹念に這わされる口の動きに快斗の背に腕を伸ばして応える。
 テレビのニュースがキッドの事を報じている中、何度も角度を変えて口唇を重ねた。短く啄ばむ様に、しっとり味わう様に、時には指先が震えるほど激しく熱を交わした。画面が変わる度に瞼を通してチカチカと視界が揺れる。聴覚はニュースの原稿を読む声と二人分の吐息を代わる代わる脳に伝えた。

「背徳的だね・・・」
 新一を抱き締めたまま快斗が呟いた。
「なにが・・・?」
「だって、ほら」

 そう言って快斗はテレビを見た。それを追うように新一の顔も自然テレビの方へ向く。

「平成のホームズとルパンだってさ」

 画面には数少ないキッドと新一の映像が繰り返し流れる。報道番組が二人をライバルとして取り上げていたのだ。

「こんな番組の前で当の本人たちはちゅっちゅしてるんだぜ?」
「堪らないな」

 新一は悪びれもせずそう言うとくっと口角を上げた。

「悪い名探偵だな」
「そうだよ。だから俺はキッドを捕まえに行くぜ?警部の疑惑もキッドの正体も全部知りながら、知らない振りをして現場に立つ」
「良かった。これで一安心v」

 にっこりと満足気に笑う快斗に上目遣いで 妖艶な笑みを返し、新一はテレビを消した。プツと何かが切れた様な音の後は二人だ けの静寂な世界。

 後になって考えるとこの時の俺たちは背徳的な関係に酔っていた。他の人間にはわ からない二人だけが味わえる陶酔感に夢中で。他の人間なんてどうでもよくなって いた。お互いの存在だけあればそれで良かった。










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 恋人としての付き合いが始まってから数ヶ月。新一がキッドの現場に現れる度に中森が怪訝な表情でキッドと新一の遣り取りを見る。始めは多少気を遣っていた二人であったが、何度か機会を重ねるとそれも煩わしくなり、疑うだけ疑えばいいとでも言うように軽い調子で会話をするようになった。

 そんないつもの現場で、突如悪魔が牙を剥いた。

「キッド〜〜〜!!!その宝石を返さんかぁぁっ!」
「少々お待ちを」
「中森警部、今やつに近づくと危ないですよ」

 顔を真っ赤にし、風の吹き荒ぶビルの上でキッドに向かって行く中森。新一は冷静に彼に言葉をかけるが、捕まえる事に躍起になっている中森は何故止める?!と新一を睨んだ。

 そんなに勇んで捕まえに行ってもいいようにあしらわれるだけだっつーの。それに、宝石を月に翳して確認が済めば宝石は返ってくる。それがパンドラじゃなければの話だが。

 キッドが宝石を返すのが決まって新一であるのも中森の怒る原因である。それでも、例え中森の方が近くに居ようとキッドは新一の側に降り立ち、その手に宝石を返還するのだ。

 キッドがゆっくりと手の宝石を月に翳す。

「・・・・・・・・・」

 それは神聖な儀式のように神々しい姿であった。笑みを絶やさぬ怪盗が唯一表情を無にする瞬間。

 え・・・?いま、なにか光った・・・?

 新一がそう思ったとほぼ同時にキッドは固くその宝石を握り締め、小さく舌を打つ音が聞こえた。

「中森警部!今すぐここから離れて下さい」
「は?しかしだね、キッドを捕まえ・・・」
「伏せろっ!!」

 キッドの声を合図に新一は愚図る中森を地面に引き倒す。刹那、閃光がキッドの身体を掠めては散った。雨のように降ってくる銃弾を避けきれず白の衣装に血が滲む。新一はその悪夢の様な情景を目の当たりにし、無意識に地を蹴った。

「工藤くんっ!」
「来るなっ、新一!!」

 中森は固いアスファルトに手をついて、新一を止めようと手を伸ばした。でも一瞬で身を起こし駆けて行く新一にその手が掠る事はなかった。

「キッド・・・!早くビルの中に入れよ!」
 俺達に危害が及ぶからって、ずっとビルの縁にいたら狙い撃ちされるだろうが!

 キッドの懐まで走りこんだ新一はネクタイを引いて眼を合わせた。
 被弾していない新一を見てキッドは安堵の表情を見せる。この状況下でそんな風に自分を心配する快斗に新一はえもいわれぬ愛情を感じ、その腕を力の限り引っ張った。

「ちょっと待って、名探偵」
「装填でもしてんだろ。さっきから弾も飛んでこない。風も強いし今の内に早く・・・」

 探偵に手を引かれて小走りに近寄ってくる怪盗。中森は非現実的な光景に呆然と口を開けていた。あまりの衝撃にビルの出口に向かう二人を止める事も忘れていた。だが、新一がドアノブを回そうと手をかけた時。
 バン!という音と共に二課の刑事が数人雪崩れ込んできたのだ。

「キッドだー!捕えろっ!!」

 今までにない距離で対面した刑事らは勇んでキッドに手を伸ばす。簡単には捕まらないキッドだが、動くたびに僅かに顔を歪めるのを新一は見逃さなかった。

 おかしい…組織の奴らの動きが完全に止まっている。さっきまでの強烈な殺気もない。警察が来たから引き揚げたのか?だったら、後はビルから飛べば快斗は逃げられる・・・!

「待って下さい!そこはさっきまで銃弾の嵐だったんです。下手に動くとまたやつらが発砲してくるかもしれない」

 少しでもキッドの負担を減らそうと思って言ったことだった。だがその言葉に反して刑事の一人から思いもよらぬ言葉が返ってきた。

「その犯人なら先ほど一課が捕えたとの報告がありました。それに今キッドを逃すわけにはいかないのです」
「どういうことです・・・?」

 背筋が凍ったように冷たくなった。いくらなんでもタイミングが良すぎる。組織の人間がそんな簡単に捕まっていいのか?宝石をキッドから奪うにはそれなりの精鋭を使うものだろう。それなのに、まるで始めから捨て駒だったような扱いをしていないか?

「先ほど、上からキッドを特S級犯罪者とする旨の連絡を受けました。それに伴いキッドに対する発砲が許可されました」

 淡々と告げるその刑事の表情は他の刑事らと明らかに毛色が違って見える。迂闊だった。そこまで組織が入り込んでいるとは新一も快斗も予期していなかった。

「何だとぉ!?わしは聞いておらんぞっ!」
「その連絡と同時に警部はキッド専属から外れられたのですよ」
「なに・・・!?」

 発言力のある幹部クラスにも組織の手が伸びている・・・ということか。今宝石を警察の手に渡すと間違いなく組織にパンドラがいっちまうな。どうする?ハングライダーで飛ぶか?新一とのことがこいつらにばれていないならオレ一人が逃げ果せればいい。

 痛みを訴える身体を誤魔化して、警察をかわしながらビルの縁へと向かう。新一の不安げな視線を受け、微笑み返せば彼は辛そうに顔を歪めた。
 そんな顔をしないで。この禍々しい宝石さえ潰せばすぐに終わるんだ。キッドを特S級にしたって、もう姿を見せなければ捕まることも撃たれることもないから。

 ビルの柵にキッドが手をついた瞬間、先ほどから一人怜悧な雰囲気を漂わせる刑事が懐から拳銃を取り出した。すぐ近くでその動きを見た新一は思いの限り叫んだ。

「キッド!!」

 キン!という金属音が響く。瞬間的に身をかわしたキッドだが、その銃弾はモノクルを掠め落とした。それを見計らったようにライトがキッドの顔を照らす。

「その顔は・・・・・・快斗くん・・・?」











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 恐らく組織はずっとあの瞬間を狙っていたのだろう。キッドを泳がせて探させておき、パンドラを見つけたキッドから警察本部の力を使ってそれをもぎ盗ろうと。やつらにとって誤算だったのは日本警察の救世主がキッドの側についたことか。

「新一、大丈夫?」
「ああ、・・・それよりお前、怒らないのか?」
「今怒ってもしょうがないし、それに・・・正直嬉しかったし」

 ライトに照らされたキッドの顔を食い入るように見つめる人がいた。その人は幼い頃から知っている隣の家の少年で娘の幼馴染みの名前を呟いた。
 血の伝う顔を変装と誤魔化す事が出来ようか。地面に落ちた血痕を拭うことが出来るだろうか。
 名前を呼んだ警部がはっとしたように口を塞ぐ。それを冷笑した刑事が第二弾を撃とうと構えた時、新一が前に立ちはだかった。そう、新一にもその人間と警視庁のトップへの不信感が芽生えていたのだ。キッドを庇う様に立つ新一にその刑事は庇うのならお前も同罪、その上犯人隠避だと脅しをかけた。新一は聞く耳を持たず二課の刑事らを睨みつける。他の刑事らが息を呑む中、組織の息のかかった刑事が引き金を引いた。
 その瞬間、怪盗と探偵の身体はビルから姿を消した。

「新一の方こそ怒ってない?連れてきたこと」
「怒ってねーよ。怪我したキッドを狙い撃ちするようなやつと一緒にいたくない。あいつらにとっては俺も邪魔な存在だろうしな。あそこに残っても変な言い掛かりつけられて行動を拘束されるのがオチだ」
 それなら、キッドの近くにいたい。

 快斗は怪我をおして空を飛び、都心から離れたこの隠れ家(見た目は立派なマンションだ)に新一を連れてきた。部屋に入るなり新一に服を剥かれ、無言で傷の手当てをされた。
 これから起こる事の深刻さは理解しているつもりだ。警部にしっかりと顔を見られた。血痕も残っている。その上、狡猾な組織の人間が交じっているあの現場でキッドの正体を突き止めることは容易いだろう。キッドを庇って一緒に消えた新一にもお咎め無しというわけにはいかない。組織の奴らはオレ達が結託している事を察し、あわよくばまとめて消してしまう気でいるに違いないのだ。

「新一・・・」
「なんだ?」
「これから愛の逃避行だよ?」
「だな」

 広い部屋の中、二人で寄り添って眠った。
 明日からはボニーとクライドも顔負けの逃走劇を。

 眠る直前快斗がうっすらと眼を開いた。隣で眼を閉じる愛しい人の髪を梳いて、恍惚な想いに浸る。

 ごめんね。絶体絶命なのにオレは今とても幸せだよ。
 おかしいかな・・・こうなって初めて君の全てを手に入れた気がする。
 逃避と聞いて嬉しそうに笑ってたのは君も同じように思っているからなんだろう?


 追われる苦しみを二人で過ごせる悦びが凌駕するなんて、頭がイカレてるのかもしれないね。








to be continue.....




















これからさらに暗く・・・
特S級の件は勝手設定ですので深く考えないで下さいな