オーナー・シェフ
〜綺麗なお姉さん編〜






「あ、そーいや今日志保に会う日だった・・・」

 ことも無げに、想い人は聞き捨てならない台詞を口走った。

 快斗はガタン!と持っていたモップを床に落とす。蒼い顔でわなわなと新一を見つめても鈍いオーナーはまったく気付かず、顎に手を当てて、今から行って大丈夫か?遅いと怒られたらどうするか・・・、とデートに遅れた言い訳を考える様に悩んでいた。

「新一っ、・・・恋人できたの!?」
 いっそ涙目で快斗は新一を見下ろす。(一応身長は快斗が上)
 出来たの?オレは!?じゃあオレはどうなるんだ!?と言わんばかりに詰め寄る快斗に些か新一も腰を引いた。
「は?恋人?俺に?」
 そんなの作る暇ないに決まっているだろ!そう思ってもあまりの驚きに口に出せない。
「だって今からシホさんに会いに行くんでしょう〜(泣」
 こんな時間・・・そう、店じまいの時間から会いに行くなんて恋人しか考えられないではないか。快斗は握り拳を作り、新一を寂しげに見つめる。すると誤解を察した新一は呆れてのたもうた。
「小説なら後で持って行ってやるから泣くなよ・・・」
 実は全然察していなかった。快斗はげんなりと肩を落とし涙を堪えて再度新一を問い詰める。
「シホさんて新一の恋人・・・・・・?」
 そうだと言われたらオレどうしよう・・・辞める覚悟でここで新一を押し倒しちゃうかも・・・
 もう少しここで新一と一緒に働きたかったのに。

「ああ、・・・志保は前に言った助言してもらってる大手レストランのマネージャーだよ」
「そうなんだ・・・でもこんな時間から会うの?」
「俺もあいつも忙しいからな。でも恋人とかじゃねーよ。あいつはとてもじゃないが俺の手に負えねー」
 遠くを見る新一にそんなに付き合いづらい人なのか、と勝手に決めつけ、恋人ではないことに安堵した。
「そうなの?そーだよね!新一って奥手っぽいもんね!」
 新一のフリーを確認した快斗は途端にニパと顔を綻ばせる。
「うるせー、あいつと付き合うのは仏の様な心を持ったやつしか無理なんだよっ」

「あら、せっかく出向いてあげたのに随分な言い草ね・・・工藤くん?」
「げっ・・・・・・志保!」
 背後の声に新一は身体をビクつかせて振り返った。

 新一のこんなとこ初めて見た・・・

 快斗は珍しいものを見た、と眼を見開き、続いて涼しい(寒い?)声の主を見た。
 そして絶句。

「相変わらず失礼な人ね。あら、こちらは?」
「バイトの黒羽。俺の雑なデザートの見た目を完璧にしてくれるやつ」
「ああ、例の奇特なバイトくんね」
 合点がいった志保は興味深げに快斗に目をやる。その快斗は魂の抜けたように呆然と立っていた。

 なんだこの綺麗なねーちゃんは・・・新一の回りにはこんな美人さんばかりなのか?そうだよな、新一自身相当の美人だもんな、寄ってきても不思議じゃないよな。ってこんな人の側にいて新一はくらっときたりしないのか!?オトナのお付き合いしてたらどーしよぉ?!

 志保はタイトな光沢のあるスーツをソツなく着こなしていた。一見派手に見えるそれも志保の落ち着いた雰囲気が手伝ってシックな装いになる。スレンダーな身体に耳の長さに切り揃えられた髪。茶髪でも理知的に見えるから不思議だ。グレーの大きな瞳は血統書付きの猫のようで、見るものを一歩引かせる迫力がある。

「黒羽、なにぼーっとしてんだよ?」
 愛しい人の声で漸く快斗が意識を浮上させる。そして新一と志保を見比べて
「・・・・・・本当に付き合ってないの?!」
「はぁ?」
「クス、面白い子ね」
「・・・・・・何その微妙な反応・・・・・・」
「私はどっちでもいいのよ、工藤くん?この後あなたの部屋でゆっくりお話しても・・・」
「うわ、こえ〜・・・・・・何されるんだ、俺・・・」
「だから何なんだよっ、その怪しい雰囲気はぁっ!?」
「フフ、本当に面白いわ・・・」
 ニタリと志保は底冷えのするような笑顔を快斗にくれた。
「志保、頼むからあんまりうちのバイトをからかわないでくれ・・・」
 快斗は既に志保との間合いをとっていた。美人なのになんか怖い人だ!と警戒心を露わにする。
「元はと言えばあなたが約束を忘れていたからいけないのよ?ここまで足を運んであげたんだから少しくらい楽しんでもいいでしょ?」
 ねぇ?と快斗に同意を求めると快斗は反射的にこくこくと頷いた。
「ああ、忘れてたのは悪かったよ。今日はもう遅いから、やっぱり日曜にしようぜ。お前も時間取れるだろ?」
「そっちが急ぎでないならいいわよ。」

 やっと帰るかと快斗が警戒を解こうとしたが、再び志保の強い視線に射抜かれる。
「そういえば、あなた、黒羽くん?工藤くんが我儘だからって甘やかしては駄目よ?」
「え?甘やかしてる?」
「おい、志保・・・俺をなんだと・・・」
「時給の安いバイトにデザートの飾りを任すなんて範疇を越えてるのよ。彼には他に大きな目的があるからいいでしょうけど、普通の人には通らない理屈なんだから」
「はい・・・」
 新一は力なく項垂れてもうバイトに無茶はさせません・・・と小さく呟いた。その背がいつもホールできびきびと仕事をこなす姿と懸け離れていて哀愁を誘う。
 そこで快斗がん?と引っかかった疑問を何ともなしに志保にぶつける。
「あのぅ、大きな目的ってなんでしょう・・・?」
「あら?ここで言っていいのかしら?」
 フフフと背筋の冷える笑みで快斗に微笑む。快斗は直感で気付く。
 この人、オレの下心をばっちりしっかり理解してらっしゃる!!?
「いや、それはどうかご勘弁をっ!!」
「よくいるのよねぇ、あなたみたいな人って・・・」
「は!!!?」
「おい、お前ら俺の理解できない話をするな」
「あたなにはストレートに言っても理解されない気がするわ」
 志保はやれやれと肩をすくめ、快斗に意味深な視線を送る。
「今までではあなたが一番いい男だと思うわよ。頑張って」
「それは光栄ですけど・・・今までってそんなにいっぱいいたんですか・・・?」
「その話はまた今度してあげるわ。工藤くんがいない時にね」
「おい、志保、黒羽を誘惑すんなよな」
 咎める様な新一の視線に志保は楽しそうに笑って。
「あらヤキモチ?どっちにかしら?」
「あのな・・・」
 肩を落とした新一を満足気に見ると志保は数枚の書類を置いて目を通しておくように新一に言い、愛車に乗って帰ってしまった。


「なんか・・・凄い人だね・・・」
「わかったろ、俺とあいつがどんな関係なのか・・・」

 わかった気がする。確かに恋愛とか甘い雰囲気にはほど遠い。これでひとまず安心だ。うん。
 今度会った時はビビらずに新一のことをいろいろ教えてもらおう。

 end









志保ちゃん最恐化計画実施中。。