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---------------------- 「待てっ!キッドーーーーッ!」 「貴方と遊んでいる暇は無いのですよ、名探偵?」 今日も今日とて工藤名探偵はオレを追うのに必死だ。 それが、探偵としての理由からなら問題はないのだが…… 「何でオレの家にいるのかな?探偵君?」 ひくひく頬が引き攣る。何故なら、学校から真っ直ぐ自宅に帰ってみれば、リビングで工藤新一が自分の母親と談笑していたからだ。 「あら、快斗。お帰りなさい。早かったのね〜」 普段使わないティーカップで紅茶を嗜む二人。呑気な母の台詞に快斗は頭が痛くなるのを感じた。 「ババァ!てめ、勝手に敵を家に入れんじゃねぇよ!」 「まっ!何て口の聞き方でしょ!こんな子に育てたつもりは……ごめんなさいね?新一君。不遜の息子で…」 「いえ、快斗は口が悪いだけで根は優しいじゃないですか。しかも顔がいいしv」 「そうなのよぅ、顔だけはお父さんに似て自慢なのよ!さすが新一君!うちの息子を選ぶなんて見る眼があるわぁv」 「うぉぉいっっ、お前らっ!オレを無視して話を進めるなっ!!」 血管が切れそうだ。一体どうしたらこの母親はキッドの天敵とかくも和やかに会話が出来るんだ? 「おい、工藤!ちゃー飲んだら帰れよ!」 「何言ってんのよ、快斗!せっかくあんたに会いに来てくれたんだからちゃんと御持て成しして帰る時は送って差し上げなさい!」 「おかあさん、僕のことならお気になさらずに…」 「駄目よ、こんな綺麗な子が一人で歩いちゃ危ないわ…!」 「はっ、こいつの蹴りのほうが危ねーよ…」 つか、おかあさん言うなよ! 「さぁさ、後は若い二人でねv 快斗、お母さん買い物に行ってくるけど、工藤君に失礼のないようにね?」 「ちょっと待て!」 勝手にこいつを入れてしかも二人にするとはどういう了見だ!そんなにオレに道を踏み外させたいのか! 「行ってらっしゃい、おかあさん」 「ごゆっくりね、工藤君v」 「また無視かよ!」 ………視線 「……そんなことして楽しい?」 「うん」 ゲームに興じている最中に集中力の失せる視線。そちらの方を見れば名探偵がじーっと丸い眼を見開いてこちらを凝視している。 「天下の怪盗キッドも、そういうことするんだなー」 「この姿の時にキッドって言わないでくれる?」 ジト目で言うと、だってキッドじゃん、と訳の分からない答えを返された。こいつが理解不能なのは今に始まった事じゃないが… 「なぁ、電気点けねーの?」 「省エネ兼節約してんだよ。お坊っちゃん育ちのお前にゃ縁がないだろうけどな」 「ふぅん…」 部屋の明かりは母親が買い物に行ってからすぐ消した。母さんはこいつに気を遣って点けていたようだが、家では必要な時以外無駄な電力を使わない事が習慣化していた。それは、父さんがいた頃にできた習慣だった。よって、今リビングに入るのは夕日の明かりだけだ。 暗い方がテレビ画面がよく見える、というのも理由の一つであるのだが。 「お前、何で家に来たんだ?帰る方向逆だろう?」 ゲームを一時中断して、工藤に視線を移す。 「キッドの日常が見たくて…」 「なんで?そんな事しても証拠は掴めないぜ?」 「証拠とかじゃなくてだな…ま、前から言ってるだろ!」 「オレが好き?」 「………っな、ななな」 ニヤリと笑ってからかうと、工藤の頬に朱が差した。あの冷徹鉄仮面ないけ好かない探偵がこんな奴だと知ったのはつい最近だ。ある時からキッドとして対峙する時に必要以上に近づこうとしてきたのだ。かと思えば次は江古田高校に押しかけて来るようになった。回りくどい手を使われるのが嫌で、目的があるなら言えと言ったオレにこの探偵は、あろうことか愛の告白をしたのだ。 「前にそう言っただろ?」 「言ったよ!その通りだよ!ちくしょー」 「まったく、オレのどこがいいんだか…」 「まずは顔だな」 ほとんど変わらない癖に、この探偵は事あるごとにこれだ。がくっと肩を落としたオレは工藤を恨めしげに見た。 「お前、本当はただの面食いなんじゃねーの…」 あまりに自分の顔が良すぎて周りの女じゃ満足できず、自分と似てちょっと男前度が上がったオレの顔が好きなだけなんじゃ… そん訳ないだろう?と不思議そうにオレを見た工藤を、いまいち信用できなかった。 *** *** *** このまま名探偵こと工藤に流されるのは駄目だと思う。今はキッドで忙しく、女を作る気にもならないが、このオレが男に追っかけ回されるなんて状態をいつまでも続けていいものか! そう決心した矢先、工藤が江古田高校の校門に立っていた。オレに気付くや嬉しそうに駆け寄ってくる姿は女と見紛う程可愛いのだが…それも今日限りだ。 「快斗!」 「よくまぁ飽きずに来るもんだな…」 「今日は事件がなかったからなv どっか寄ってこうぜ」 「そうだな」 二つ返事でオーケーすると、工藤があからさまにびっくりな表情をした。 「何か、悪いモンでも食った……?」 「失礼な…オレも話しあるからちょうどいいと思ったんだよ」 少し下にある工藤の顔を見下ろすと、頬を紅潮させて満面の笑み。 それがオレが見た工藤の最後の笑顔となった。 「え………」 「だから、これからはキッドの現場だけにしようって」 「もう来るなってことか?」 「単刀直入に言えばそうだね…」 「それって遠まわしに俺の事振ってる?」 「そうなるね」 工藤の顔が見れなくて、目の前のジュースに視線を落とす。工藤はというと声を聞く限り平静を保っているようだった。 「……わかった」 なんて呆気ない幕切れ。こんな簡単に済むのなら最初からこうしていれば良かった。だがすっきりするはずの胸には、それ以上何も言わない工藤に対する怒りなのか今までの恨みなのか、何かもやもやしたものが占める。 工藤の細い指がコーヒーのカップを置く音を切欠に、オレは席を立った。 「家まで送るよ」 「ああ、最後だしな」 ちらりと垣間見た工藤は口元に微笑を浮かべ、寂しげな眼が妙に色っぽく見えた。 帰路の途中率先して会話を切り出したのは意外な事に工藤のほうだった。いつもよりおしゃべりな工藤に流されるまま言葉を交わし、夕日に染まる米花町を歩いた。 「なぁ、最後に一つ頼んでいいか?」 「何?聞ける範囲の事ならいいよ」 「キスしたい」 「なんっ…キ、……キス!?」 「一回くらい男としたって事故みたいなもんだろ?どうせ初めてじゃないだろうし…」 自宅の門の前で淡々と言う工藤。確認もせずに言われたが何を隠そうキスなんて女ともした事がない、と言うかする機会がなかった。 飄々とした探偵に、見られたらどうすんだ?と辺りを見渡す。ゆっくり歩いてきた為辺りは薄暗くなっており、今なら近所の住民の姿もない。だがしかし、振った相手と別れ際にキスなんてしていいものだろうか?相手に余計な傷を負わせるのではないか? 「また余計な気遣ってんだろ?俺なりの踏ん切りだからお前は深く考えるなよ」 「でもな、…」 「たかがキス一つ出来ないのか?しないとまたストーキングすんぞ」 「ああ、もうわかったよ!そんなに言うならしてやるよ!」 工藤の挑発にまんまと乗ったオレ。覚悟を決めて、工藤邸のそれは豪勢な塀に手をついて工藤を見下ろした。塀とオレに挟まれた工藤は表情を変えずにオレをじっと見た後、眼を閉じて少し顔を上向けた。 うわ、もう準備万端じゃん…ここでしないと男が廃るってか? こんな綺麗な女もそうそういない。女とすると思えばいいんだ…女と。 塀に手をつけたまま、工藤の身体には触れず、本当に口唇だけの接触をした。鼻が若干掠ってくすぐったい。生暖かい他人の体温を唇に感じたのは初めてで、顔を離した後も気恥ずかしさに無言で他所を向いた。 「ばいばい、黒羽快斗」 弾かれたように工藤に視線を戻すと、うっすら瞳を潤ませたまま真っ直ぐオレを見る。呆然とするオレに今度は工藤から短いキスをして、それ以上何も告げずに、門の開く鈍い音と共にオレの視界から工藤は消えた。 「なんだこれ……―――――すげぇ、ムカつく…!」 それからというもの、工藤は江古田高校はおろか、キッドの現場にも姿を見せなくなった。 相変わらず居るのは中森のおっちゃんとコスプレ白馬だ。 獲物が求めるものでない事を確認し、返す相手がいない事に溜息を零す。 思えば工藤は恋愛において駆け引きという言葉を知らない奴だった。押して押して押しの一手でオレを困らせたものだ。 それが今では全て引いてしまった… まるで波の引いた海岸のようだ…なんてセンチメンタルな情緒に浸るのはとんだ御門違いだ。 オレにそんな資格はない。 眼下にはいつもここから眺める景色。ネオンは地から夜空を食い尽くすように生える。 今日に限ってそれが酷く眼に沁みた。 オレに残ったのは虚しい仕事の達成感と後悔なのだろうか。 工藤と会わない時間に比例して、彼のことを考える時間が増えてゆく。 思い出すのはあの日の口唇の感触。それは他の人間としたことがないせいだ、考えてしまうのはずっと顔を合わせていたあいつが急に現れなくなった、一種のペットロスのようなものだと自分に言い聞かせていた。そんな或る日。 街を歩いていたオレの眼に突然彼の姿が映った。 有り得なくはないことだ。町は隣り合っていて少し歩けば着く距離なのだから。見なかった事にして通り過ぎれば良かったのだ。だが身体はオレの意志とは別に動いていた。 「工藤、久し振り」 「黒羽……」 「何してんの?こんな所で」 「ちょっと、新刊探しにな。ここが一番品揃えいいんだ」 普通の友だちのような会話。今日発売の本を片手に工藤はぎこちなく微笑んだ。その本を見ると成程この書店がミステリーに力を入れているからこそ手に入る品のようだ。 書店から出ると、自然に肩を並べて歩く。最後に会った日のように夕日が眩しく江古田の街並みを照らしていた。 「黒羽、最近姿見かけないけど、目当てのものは見つかったのか?」 「目当てのものって…?」 「何か探してたんだろ?その為に白い恰好して空飛んでたんじゃねーの?」 「そんな…どうして知ってるんだよ?」 「お前見てればすぐ解るだろ、そんな簡単なこと」 それほどオレを見ていてくれたということなんだろうか… ずっと追っている警部や白馬は何も気付いていないのに、短い期間しか相対していない工藤だけが気付いてる。 「簡単じゃない…」 「え……?」 「簡単じゃないだろ。…やっぱり、お前とこのままだとすっきりしない…オレずっと考えてたんだ、工藤と最後に会ってから工藤の事を」 「男に口唇奪われたのがショックだったか?」 「こっちは真面目に言ってんだけど」 茶化そうとする工藤を鋭い眼差しで見ると、口元の笑みが消え、不快そうに眉を歪めた。 「言いたい事があるなら手短にな」 「何?もうオレは過去の人なんだ?」 素っ気ない答えにむっときて心にもない事を言うと、工藤は低く呟いた。 「過去にしたのはてめーだろ?俺はお前の十分先の未来にはもういない今だけの人間だ。 だけどお前はきっと俺の未来までその存在を消さない。俺の中ではお前はいつまでもその華やか過ぎる存在を誇示するのに、俺はお前のビジョンからすぐ消える」 「く、……どう?」 喉が渇いて声が上手く出せない。視線は伏目がちな工藤に釘付けだった。今、オレのビジョンには工藤新一が溢れている。 「俺はお前に未来を見ていた。見たかった。それが断ち切られたあの日から俺は一歩も動けないんだ…」 友だちごっこは終わっていた。時が止まっていたのは二人とも同じなのだ。 「変な話して悪かったな。もう街で見かけても声かけんなよ…?」 「ちょっ、と…こっちの話も聞けって!」 去ろうとする工藤の腕を掴んで、振り向かせる。青い双眸が俺を捕えて揺れた。 「話?」 「言ったろ?ずっと考えてたって。高校や現場に工藤が来なくなって、オレが何も思わなかった訳じゃない。お前あの時は押しが強くて、引くなんて事しなかったから、いきなり引いたのが気に掛かるだけだと思ってた」 「あぁ…押して駄目なら引いてみろってやつ?そんなことでキッドの気を惹けるのか」 意外そうに言う新一の腕を解放し、正面から眼を合わせる。 「なんつーか…いきなりいなくなられて寂しくなる程度には、工藤のこと気に入ってたらしい…」 「曖昧なやつ…そんな事言って、また俺の事振るんじゃねーの?あんなのはもうご免だ…」 「それは、…わからないけど、猶予が欲しい。ちゃんと工藤の気持ちと向き合うから」 「本当に、ちゃんと?」 前は逃げたくせに。工藤の大きな眼がそう俺を責めているのがわかった。だからこそ。 「約束する。…とりあえず、キスは嫌じゃなかったし…」 というか、口唇の感触が忘れられなくて、今日声をかけたに近いのだが。それはまだ言えない。 「なら、前の関係プラス、キスってことにしていいならお前の言い分を認めてやる」 「いいよ」 目線を逸らせて頬を染めている工藤に口元で笑って、了承の意を伝える。 そんな工藤の反応を見ていると、なんとなくしたくなったので、工藤が顔をこちらに向ける動作に合わせて唇を重ねてみた。 前髪が、触れた。 「―――っ!!」 「こうゆうことだろ?」 「ちくしょ……そんな余裕かましてられないくらい惚れさせてやるっっ!!」 * 半年後 「新一〜!?なにあの新聞の記事!大阪行ってたなんて俺聞いてないよ!?」 「事件でちょっと行ってきただけだっつの」 「黒いのに会った?てか、あいつに変な事されなかった!??」 「一緒に飯食っただけだ。何でか白馬も居たけどな」 「くそぅ、あのオセロめ…!今度からそういう時は俺を呼んで!」 「いいよ、お前も暇じゃないんだし…」 「駄目だよ、あいつら新一のこと狙ってんだから!」 「このヤキモチやき…」 end 快斗くんの誕生日の話とあまり変わりません。あれのリベンジのつもり; |